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オタエリ夏の新作は??
みなさんお暑うございます(夏の挨拶
D.wattでございます。

さあそろそろ夏の新作告知シーズンですが
皆さんお待ちかねオタエリの新作は!

あ り ま せ ん

まるで塔矢アキラ(ヒカルの碁)のように美しくこのように申し述べた所ですが
いろいろありまして本シーズンにおきましては
OTAKU-ELITE Recordings名義での新アルバムはご用意いたしませんでした。
カタログをご覧のみなさまはご存知かもしれませんが
スペースも「OTAKU-ELITE Recordings」というものは影も形もございませんので
悪しからずご了承頂きたく思うところでございます。



しかしながら今回は!
いつも仲良くさせて頂いているあの面々と大それたたくらみをさせて頂きました。
それはこちら
ジャアアアン

Maj LOVE × Min baby
presented by Triplet 3K


Maj LOVE × Min baby presented by Triplet 3K

Maj LOVE × Min baby presented by Triplet 3K

鯛の小骨 (Azure&Sands)
隣人 (CYTOKINE)
D.watt (OTAKU-ELITE Recordings)
による3サークル合同プロジェクト!
「キレイ カワイイ コキミイイ」を合言葉に掲げつつ
カップリングをテーマに全曲を共作で作り上げた、ポップ勢3人による珠玉のコンセプトワークです。


春先に某所で行われた駄弁り会からスタートした本企画、ついにお披露目となりましたが
正直たまらなく楽しかったこの制作をついに皆さまにお伝えできると思うと
胸厚です。胸厚・胸圧・宗篤(最後のは武将っぽいですね

詳しくはリンク先にてご覧いただくとしまして
夏コミは「2日目 東A-58b」までふるってお越しくださいますよう
Triplet 3KよりD.wattがお願い申しあげますよ!
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2010.08.04 04:15 | 製作一般 | comment[0] trackback[0] TOP↑
自作の事後研究 「Tsukuyomi and Amateras」編 その2
沈まぬ太陽

歌詞 七条レタス


沈まぬ太陽を天の中心に
照り返す鮮やかな星々は惑う
幾重も輪を描き 刻む公転は
地を目指す次の流星、その名を定める

音律よくスキャットは
ほうき星の尾を追って舵を取る
tu lu tu lu tu la la
tu lu tu lu Tu
気を吐いた singing, and shouting

方舟は行く 霧の夜を待って
幻想と嘯いて日時計が刻む永遠を
方舟に乗って楽団は行く
二度と来ぬ朝まで声を重ね


沈まぬ太陽を五線に透かして
七曜が綴じ溜める 出鱈目な肖像

drivin' bass boom boom
cruisin' percuss 刹那を重ね合い
du vi du vi du da da
du vi du vi du
雑音をも許す celebration

方舟は行く 雨上がりを待って
虚構の根に乗って日時計を支える大地を
方舟に乗って楽団は行く
終わりの無いセットリスト 奏で継いで

沈まぬ太陽は等しく照らし出す
気の触れた神々も、壊れた人々も


where do we go following you
where do we go following the sun
feeling vibes of shining stars
where do we go, do we go ...

方舟は行く 太陽に抱かれて
夢幻に色づいて日時計に映る海原を
方舟に乗って楽団は行く
二度と来ぬ朝まで声を重ね 歌は響く

沈まぬ太陽を天の中心に
星は奏で継ぐ、紅い夜の歌


------------------------------------


前の記事で、アルバムを絵画に例えるというお話があったんですが
表題曲"tsukuyomi and amateras"を作ってる最中にその着想へと至った上で
この曲ではその方法論、というか考え方を実践してできた楽曲になってます。

本作で描かないといけなかったモチーフが「レミ咲」の他にもう一個あって
それは即ち「紅魔館」なんですが、タイトルトラックがレミ咲である以上
最終トラックでこれをやらないといかん!というのがまず一つ。
以前からお願いしたかったA~YAさんにご協力いただけることも決まり、
幸運にも当初の希望通りの態勢で制作がスタートできました。
(本作でご協力をお願いした方は全員快く引き受けて下さいました。感謝しきりです)


話が前後するんですけども、本作では全ての歌詞に多少なり
レミリアの描写が入っているようになっていまして。
鯛の小骨さん作詞"一夜だけの友達"でのチルノたちとの絡みや、
"SCARLET DISCO"では週末のパーティのラストに出てくるカリスマDJ、
"Meiring-Ramen"で辛いラーメン食べたり、"神速"でのスカーレット警察(無理矢理)
・・とまあ作品ごとにムラもあるんですが
太陽を描く為には、その光を浴びるそれぞれを描くことと、
それらの太陽に対する思いをそれぞれの形で表現する
ということがこのアルバムを一つの"額縁"に収めるための要件の一つ、と捉えました。
つまりそれは前記事からの流れでいうならば
月と太陽に加えて星や地上・・といった広がりを与えるという意味で
これもまた本作品におけるなくてはならない要素かなと。
歌詞についてはこの辺の考えをシンプルに日本語にしていて
紅魔館の連中のことを考えながら是非聞いていただきたい作品です。



僕らもまた「沈まぬ太陽を五線に透かして」音楽をしたためていく者ですから
せめて僕なりの太陽を描こうというのが本作の結論であったなあ、と
今にしては思うわけなんですが、ともあれ
咲夜にはじまりレミリアに終わるという東方界隈で最強クラスのテンプレを
どう料理すれば意味のあるものになるか・・という問いに
ある意味「ぼくの考えた」路線は一番相性がいい気もします。
もちろんこの作品は再三申し上げるとおり「突っ走りすぎ」という欠点もありますが
これはこれで三作やってみて一つの到達だったのではないかと。


なぜ到達だと思うかというと、
「次は全然違う路線でやろう、次は出来るだけわかりやすいものを作ってみよう」
というのをマジメに考えるにいたったからでして。
飽きたというわけではないし、機会さえあればいくらでも作りたいですけど(勇パルとか)
方向性として極端によりすぎると疲れることもありますので
たまに違うこともしないとねっていうことです。
折りしもライブをやってみて気づいたオタエリの本質とか、
動画サイトでどの作品が受けているかーとかが分かってきて
オタエリが「無くしてはいけないもの」と「そうでもないもの」が
なんとなくわかったというのもあり。


次回 冬コミ新作の告知に続く。

2009.12.17 16:33 | 製作一般 | comment[0] trackback[0] TOP↑
自作の事後研究 「Tsukuyomi and Amateras」編
tsukuyomi and amateras

作詞 七条レタス


その指に刻んだ契約と
この喉を満たした賛美歌を
太陽は聞いている

陽はやがて 銀色の飛沫が彩る
月光を飲み込んで 昇るだろう

紅の太陽は紺青の夜を背にして
弾けて燃える運命を笑った


真夜中の太陽が焼いた目の痕に
壊れた時計の針を埋め
歯車の錆び付いた鈍い音の呼び声に
二度とは来ぬ朝の名も忘れ

陽はやがて 銀色の衣と揺蕩う
月光を従えて 眠るだろう

紅の太陽が隠した宵闇を泳いで
蕩けて消える運命を夢見た

この息が重ねた瞑想を
この肉が溺れた洗礼を
太陽は知っている


太陽は聞いている その色を讃えた夜想曲を
日輪に侵されて 月が謳う悦びを
聞いている
太陽は聞いている

銀灰の満月は紅の太陽に照らされ
その身を縛る運命の枷を抱いて廻る
紅く咲いた夜を廻る

太陽は聞いている
夜毎響く賛美歌を
太陽は聞いている


------------------------------------


オタエリ東方の第3弾・・ということだったんですが
マジレスこの作品を作りだすまで紅魔郷って殆どやってなくてですね。
何しろ前の2作はすごいこだわりがあるのに対して
この作品はそもそも「紅魔郷」を選ぶまでにかなり葛藤がありまして、
勇パルとかにと雛とかかなすわとか、好きなカップリングも他にあるわけだし
そっちをやろうかとも思ったんですが、やはり紅魔館をほっておくわけにはいかんと。

実はレミ咲をはじめとする紅魔館キャラっていうのは
それまで11作出してるイオシスの方でもあまりいじられていなくて、
タイトルを引っ張るようなリードトラックや電波ソングでは
紅魔館キャラがあんまり出てきてないです。(チルノが例外なぐらい)
ネクロがやたらいじられるのに対しセプテットやオーエンをいじりたがらない、など
界隈での愛されっぷりに対し何故かイオシスでは不遇な彼女らですが
確かにそれらの楽曲の完成っぷりに敬遠する節もあり。
とりあえず紅魔郷をやり倒したり改めてセプテットを聞きなおしたり
同人誌読んだりpixivを見たりラーメン食べたりしてたんですが
個人的に一番しっくりきたのが「求聞史紀」に載ってたAQNの妄想設定でした。
「咲夜が吸血鬼退治に来たヴァンパイアハンターで、返り討ちにあい運命を変えられた」
とかっていうやつ。


ある時、その「運命を変えられる」っていうのをふと冷静に考えたときに
これはものすごいことだなあ、絶対的だよなと何の気になしに思い至るわけです。
もし紅魔館の皆さんにとって、文字通りレミリアが運命を握る主人であるならば
日の下に居られない身でありながらも、そこにおいては
まるで太陽のように絶対的であり続ける彼女の存在感、とか
それをなぞらえる何かの名前、例えば太陽の神様・・とか
(タイトルのモチーフに神様の名前を使う案が先にあったことにもよります)
その光を浴び、時に照り返すことで自らも輝くお月さまこそが咲夜ではないか、とか
そこで認めてしまったレミ咲というカップリングの強烈な必然性とか
「真夜中に昇る紅の太陽」「紺青の夜に咲く銀灰の満月」
という実によくできたビジュアルイメージとか
先に決めうちでジャケイラストをお願いしようと思っていた
yuyayuyoさんのpixivで見た日本画→紅魔館から敢えて離れた日本的な視点、とか


そういうのを漠然とイメージするようになったところで、
3部作のなかで一番伝わりづらいタイトルである
"Tsukuyomi and Amateras" が決まったっていうのが制作上のキーポイントでした。
ある意味では「ぼくの考えた」が一番突き抜けているかもしれない。


とはいえ、今回の作品は比喩に比喩を重ねたり
原作のイメージからそもそも矛盾する要素(太陽とか)を敢えてあてたり、と
相当に自己満&おいてきぼりといった色の強い作品になるのが分かっていた上
折込済み!と嘯いて突っ走ってしまっているところが多分にあるため、
前作のけーもこ楽曲のようなわかりやすさが相当に失われてしまったというのが
作った側の懺悔ではあります。(わかってやってしまったので反省ではないです)

何しろ上記のような内容が一つの説明もない上に
そういうある種の仮定から派生したいくつかの演繹をもって9トラックを埋める、
という実に回りくどい不親切な作り方をしているものですから
今更ながらにしてこのような無粋な注釈を作者自らするものであるわけです。
どうもすいません。



既に長いんですが突っ走っていきます。
原曲のチョイスを「月時計」じゃなくてこっちにしたのは
もうひとえにこっちのがメロが好きだからっていうのと
あさなさんの高音が生きそうなのは
流れるような旋律のこっちかな、とか
まあいろいろあるわけなんですが、
歌詞的にはとにかく「抽象的過ぎる」というのが一番のポイントかと。

人称も主体もあやふやになっているのでとにかく分かりづらいんですが、
というのも作ってるうちからどうも本作は物語や音楽のような時間の芸術じゃなく
絵画やデザインのような空間の芸術なのではなかろうか・・と思うようになっていて。
最終的には
「レミ咲」という一枚の絵画を9曲の音楽で表現する
というなんとも中学生的なチャレンジになったなあと
今にしては思う次第です。

表現的なところでは、例えばそれぞれの登場人物を主体として描写する中で
こうしたら→こうなった、という時間的な順序性をなるべく廃して、
絵を見るときにいろいろな箇所に着目して見ていくように
全てのパッセージが並行して一つの(またはいくつかの)情景を描くよう
心がけているっていうのがポイントでしょうか。
あと人称名詞を意図的に使わないことで、主体となる特定の人物がいなくなるよう
気を使って書いています。
あるいは、この楽曲は咲夜の曲でもレミリアの曲でもなく
「レミ咲」の曲なんだ、というのを主張したかったというのもあり
特定のどちらか目線で描くことをしたくなかった、とも言い換えられるところ。


前段ではレミリアと咲夜の関係性について非常に強いものを感じた、
と申し上げたわけなんですが
法外に長生きだったり永遠に生きたりする連中のことですから
自分の能力でもって特定の人物を自分の傍に置いておくという処置に
一体どんな意味があるか、というのはスゴイ気になるじゃないですか。
我々に伝わっていないドラマがあったのか
それとも、単なる気まぐれなのか・・

とまあ、徹底的にレミ咲を考える!という意味では
個人的に結構突き抜けられた気がしていまして。
少なくとも作ってる側は満足です。



ちなみに作品を通してもう一つやりたかったことがありまして。
自分の為にも書き記しておきたいといのもあり、次回更新時にでも
トラック9「沈まぬ太陽」の事後研究としてやってきたいなと、
こう思う所存でございます
むきゅん!
2009.12.02 07:45 | 製作一般 | comment[0] trackback[0] TOP↑
連続ブログ小説「オタえもん」 その1
切なる告白を申しますと、そのディーワットと名乗る人物は
今この時もコンピューターに向かい楽譜をしたためているのです。
仮に彼をAといたしますと、そのAの新しい作品に収録される楽曲群は
A自らをして
「この作品群たるや実にノンジャンルなものである」
と呟かしめるものであることが、本人により明らかにされているのです。

私はAに問いました。
「それは聞き心地の良い作品なのですか?」と。
そうでなければあのやたらめっぽうに拘ったジャケットに心奪われて買った皆様が
このようなものは駄作だ、詐欺に相違ないと言って私達のメール・アドレスに
返金要求の電子メールを矢の様に浴びせつけるかもしれないのです。
私達は今もこの小さな4畳半のアパートメントを2畳と2畳半に区切って
出来うる限りのつつましい生活を心がけていますから
皆様のそのようなご要求にはまるで対応のいたしようがないのです。
もしそういった事態が起こることがあれば、私達はすぐにでも警察に捕まり
首をくくらねばならなくなるのです。


Aはいつもこう申します。
「これけっこうよくね?」
それを聞いた私はいつも祈ります。
この作品群が皆様のお耳を汚しませんようにと。
2009.07.30 14:44 | 製作一般 | comment[2] trackback[0] TOP↑
れたぽん太陽を歌う
新しいCDのジャケットイラストがきたんですが
これがもういいのなんの。
早く完成品を見たい、最悪パッケージだけ持っていけばいいかという
ああ申し遅れました、わたくしはれたぽんでございます。
(ここまで挨拶)


今作の大事な歌詞を2つほど書いたんですが
オタエリのタイトル曲はいつもアニメをイメージしながら作ってるのに対し
今回は絵画とか一枚絵だなあ、と思う節があります。
象徴性が強いというか、何か抽象的なんですね
情報量はそれなりにあるんだけど、比喩や象徴化が多くて
一見して何のことを言っているのかという。

「わかってもらえないだろうなあ・・」とか思いながら作ってはいるんですが
しかしながらここへ来てジャケットイラストやブックレットなど、
今作のテーマをビジュアライズする要素が具現化していくにつれ
それらがこの恐らく難解になるだろう作品群の核となる部分を
しっかり補完し表現しきってくれるに違いない、
という確信もまた生まれつつあります。


まあ平たく言うとオタエリ東方3の制作は非常に充実していまして
たくさんの人に聞いてもらえればいいなあと思うわけで。
とはいえ曲だけを動画サイトで聞いてもらうのも
上の理由からいうとちょっともったいないなあというところで、
せめてうp主の皆様は感じられたテーマに沿った画像のご利用をお願いしたく候。

ああ今日も朝日がまぶしいわ
何も悪い事をしていないのに何故締め切りは近づくのか。
2009.06.27 05:22 | 製作一般 | comment[1] trackback[0] TOP↑
OTAELI JUKE
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七条レタス

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